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トチ

Author:トチ
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2008.11.08    カテゴリ:  昔話 

   回想録 東京編 その2

まだCDもレンタルレコード屋もなかった頃、音源はFM放送と友人とのレコードの貸し借りであった。
バリーマニロウ・ビリージョエル・クィーン・TOTO・ジャーニーetc
1980年代の洋楽は元気だった。

コンサートにも行った。
ビリージョエルとクリストファークロス。
ビリージョエルの日本武道館ライブにはチケット入手のため、あの6人組交代で徹夜で並んだ。
寒い時期だったと思う。
中野の友人宅を拠点に夜食のお握りを作ったり・・・
中身は喰ってみなきゃわからぬサプライズ品だったり・・・

本番は勿論GOOD!
アリーナ席から真近に見れた。

先日何気なくYouTubeにてジャーニーの2000年代のライブを見てた。
声と歌い方はスティーブペリーそのものなんだが風貌が全く違う。
たれ目にちょび髭、月日の経過が人をここまで変貌させるものか?
よくよく調べると再結成時一旦復活活動したスティーブペリーは98年に体調不良で脱退した。
その後TheZooとしてジャーニーをカバーしてたアーネルピネダというフィリピン人が加入。
そうこのアーネルピネダの映像だった。
しかし似てる。完璧にカバーしてる。いやものまね大会のチャンピオンかとさえ思える。
今現在のジャーニーの一員として活動してることに少々複雑な気持ちである。



でもって懐かしさから1989年のGREATEST HIT輸入版をamazonでゲット。
以前Ipodに入れてたが、パソコンの不具合から消しちまってた。
レンタル屋でも見当たらなくなり、購入に踏み切った。
ええです。
当時を思い起こさせます。

2008.11.02    カテゴリ:  昔話 

   回想録 東京編 その1

2年次より東京での生活。
まずは住み場所の確保。
幸いに同郷、同学の友人(6月に母校を一緒に訪ねたやつ)
http://kurasikin.blog64.fc2.com/blog-date-200806.html
が1年次に知り合った友人のおばあさんがアパートを経営しており、
たまたま2部屋空いてるがどうかとのことで、またも部屋も見ずその話に乗った。

場所は渋谷区本町、京王新線幡ヶ谷駅より徒歩15分、四畳半一間に半畳の台所付き、
トイレ共同、風呂は近くの銭湯で当時の家賃が確か18,000円。
三島時代は賄い付下宿だったので完全自炊の一人暮らしがここから始まった。

通算3年間ここで過ごしたが、とうとう最後まで方向音痴が直らなかった。
電車に乗ってるときはどの方向に向かってるか分かるのだが、
電車を降り階段を何周か回って地上に出た途端に分からなくなる。
朝目覚め、西と思える方向(新宿副都心)から陽が昇り、東と思える方向(高円寺)に陽が沈む。
南向き窓なのに北向き窓に思え、西玄関なのに東玄関に思える。
「訳が分からぬ。もういいや」で3年過ごした。

自炊とは言え、大家さんから食事に招待されたり、差し入れをずいぶん頂いた。
そのときの口癖が「まずけりゃ喰わんでいい。無理して喰わんでいい。」だった。
まずいわけないじゃない。貧乏学生にとっては大変ありがたかった。
そんなおばあさんが亡くなったと聞き、6年前の社内旅行の折り友人を伴い20年振りに尋ねた。
当然当時のオンボロ2階建て木造アパートは跡形もなく、10階建てマンションに建て替わり、
そのワンフローに大家さん一家が住んでおられた。
廻りもマンションだらけで普通の木造住宅は見られず、建物も空も灰色だった。
時の流れを感じた。

                                                     つづく・・・




2008.10.26    カテゴリ:  昔話 

   回想録 三島編 その3

あほ友人
(仙台への卒業旅行にて)

友人について
大学にもクラス分けがある。
そのクラス内、外からどんな経過からか未だ判明しないが
いつの間にかこの6人に固定しちまった。
地元静岡出身3名、あとは新潟、岐阜、岡山

三島時代はよくトランプをやった。
学校内での空き時間にほぼ毎日のように。
トランプ管理者が忘れた折には売店で買わせてまでもやった。

東京時代で更に遊びがエスカレートし、マージャン、ボーリング。
よく食べ、よく飲み、とにかく彼らと過ごす時間を学生時代のかなりの比率で占めてた。

伊豆一週のドライブに、仙台への卒業旅行と思い出は尽きない。

                                             つづく・・・

2008.10.26    カテゴリ:  昔話 

   回想録 三島編 その2

サークル活動
友人、先輩を得る手っ取り早い方法としてサークル活動をすることを決めてた。
第一志望は写真部
高1時バイトで手に入れた一眼レフカメラのOLYMPUS OM-1
当時世界最小最軽量を誇る名機にて写真を撮りまくってた。
現像する技術と芸術的センスを磨きたく、是非ともやりたかったのであるが、
何せお金が掛かる。
貧乏学生の上、仕送りを受ける身。
学費だけでも馬鹿にならぬのにすべて親の脛をかじり、
さらに道楽に支出することは気が引けた。

結局写真部は断念し、某文化系サークルへ入会した。
動機は友人、先輩を得るため、プラス同学部生が圧倒的に多いため
試験の情報が入りやすいとも聞いてたからである。
試験については正解であった。
ただ友人、先輩については順調に行かず、夏合宿を超えても
気楽に話せる者はいなかった。
何せ晩熟、個性派集団の中で浮いてた存在であった。
そんな中で会計という職務を任され部費の徴収に追われた。
結局4年間会計職であったのだが、ルーズな部員が多く、
また部費もまともに納めずして部員ズラすることが許ないヘンな正義感で
部員を見つけては「ブヒ、ブヒ」とまるで醜いブタがわめいてるかのごとくに
吼え続け、最後には小生と遭遇すれば目を反らされる嫌な存在になってた。

やがて秋
11月3日の文化祭に向け、大きく三班に分かれ3年生の先輩の指導下、テーマ研究を行う。
テーマは女性の地位、国際児童年、有事立法
小生は国際児童年班に属し、主に国籍法について研究した。
同期生、先輩とのぶつかり合いの連続で何とか形になったが
本音でぶつかった分絆が深まったし、今後のサークル活動の礎になった気がする。
やがて3年生となり逆に指導する立場となった折、痛感することとなる。

しかし2年次以降、東京ー三島間(小田急線、東海道線)をよく往復したものである。
帰りの電車での小宴会が唯一の楽しみであった。

                                              つづく・・・     

2008.10.24    カテゴリ:  昔話 

   回想録 三島編 その1

先日学生時代を思い起こさせる出来事があった。
改めてアルバムを引っ張りだすと懐かしい面々が・・・

自分史の一部として回想を記す。

富士

(昭和54年当時、学舎から富士を望む)

静岡県三島市
北に霊峰富士を望み、西に駿河湾、南に伊豆半島、東は熱海温泉という位置関係にある。
ここで教養課程の1年間のみ過ごし、残り3年は東京水道橋に通う。
つまり2度の引越しが必要である。

初めての一人暮らし
まずは住まい探しが必要だが、1年先輩の紹介で電話1本で決めた。
確かに聞いてた通り大家さんは気さくな人だし、校舎まで10分の距離もありがたい。
ただ部屋が県道に面しており交通量が半端でない。
なにせ田舎育ちで夜中に聞こえるのはカエルの鳴き声ぐらいだったのが、
1日中車が絶えない。多少少なくなる夜中の3時ころまで寝付けない日々が続いた。
滅多にしない勉強も試験前ぐらいはと試みるものの騒音で全く頭に入らなかった。
と成績不振を騒音のせいにしたものだが、なんとか進級は出来た。

こんなオンボロ部屋だが、唯一の救いは部屋の北西の窓から日本一の富士山がダイレクトに
見えたこと。
四季折々表情を変え、また朝の見え具合でその日の天候が予想できた。
朝に夕に時を忘れボーッと眺めてたもんだ。

2002-05-02 14-52-51

                                                     つづく・・・


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